ホリスティックセラピーのきっかけ

きっかけについて

なぜをホリスティックセラピーをしようと思うようになったのか、そのきっかけをお話したいと思います。

私が小学5年生の頃、人より丈夫で元気だった母が病で入院することになりました。
一か月ほどで退院したものの、母は今度は別の病気になりそこから長い闘病生活が始まりました。癌でした。

抗がん剤や放射線治療で毎晩大量の髪が抜け、明らかに身体全体の体調が悪くなっていき、数回の放射線治療の後に、母は「民間療法にきり換える」と決意しました。
「民間療法にしようと思うけど、どう思う?」と小学生の私に聞いてくれた母。私は直感で「それがいい!」と感じていたので、それを伝え、そこから共に民間療法に取り組む生き方が始まりました。

母は昔から食生活を大事にしていたので、幼い頃からできる限り無農薬・無添加の野菜や食事で私たちを育ててくれました。ジャンクフードや甘いお菓子やジュースとは関わりのない健康的な食生活でしたが、完璧主義の母は良妻賢母であると同時にバリバリと仕事をこなし、自分の時間がほとんどない日々を過ごしていたので、そういった心身のあり方や生活のあり方から、自分で無意識に「ストップ」というサインを出したのだと、子どもながらに感じていました。

民間療法でオーガニックの野菜、マクロビ、朝一に太陽の光を取り入れる、良質の水、びわの葉、ひまし油、温熱療法など、さまざまなことを取り入れ、病状の急激な悪化は防げていたものの、少しずつ転移が広がり、ついに末期癌のステージ4にまでなりました。その矢先、自宅療養中に突然痙攣が起き、すぐに救急車で病院に連れて行きましたが、時間が経ってわかったのは脳梗塞でした。今ではスピーディな対応で後遺症にならずにすむ可能性があるのですが、当時は残念ながら一命はとりとめたものの余命3か月と診断され、最期の時を自宅で看取るため家に戻ってきました。私が高校2年生のときでした。

それでもその時、「この人は死なない」と私には明確な確信がありました。子どもたちを残してはいけないという母の強い意志・強い生命力を知っていたのと、今起きていることは意味があって起こっていて、乗り越えられるものなのだということが深いところでわかっていたからです。
そして一番大変な時に、氣を流すことのできる方々がケアに入ってくださり、ヒーリングを行ってくださいました。その際、邪気が大きく外に出たという話を聞きました。

毎日真っ暗な暗闇の中ではありましたが、必ず良くなるという確信のもと、一日一日を懸命に看病・介護し、家族で全力で母を想い、周りのご縁ある方からの温かい愛ある助けを受けながら、必死に今を生きていくと、気がつけば数年が経っていました。お医者さんに宣告された3か月はとっくに過ぎていました。民間療法を続け、オーガニックの食生活をする中で、脳梗塞で話すことも立つこともできなかった母が、辛いリハビリにも前向きに取り組むことで少しずつ歩けるようにもなりました。

言葉も少しずつ取り戻し、始めは抑揚をつけられない単語だけの表現でしたが、スキンシップをしながら共に楽しい話で笑い合いながら時を楽しむことで、徐々に会話のキャッチボールができるようになり、コミュニケーションがとれるようになっていきました。母の硬くなっていた心の凝りが徐々に溶けていきました。

何より愛溢れる母の友人が母を音楽と心優しい人たちの集まる会に誘い出してくださったり、愛犬の存在によって、母の心の栄養が満ちていったことはとても大きかったです。いつしか気づくと、癌は完全に消え、笑い声と幸せな心からの笑顔でイキイキと日々を明るく楽しむ、少女のような朗らかさと慈愛に満ちた若々しい本来の母の姿が現れました。病に倒れる前の母ではなく、本来もともと母が生まれ持っていた姿に私たちは出会えたのです。

病気からさまざまなことを学び、受け入れ、乗り越えた先に、想像もしていなかった穏やかな幸せが広がっていました。母の大病を通して、私たち家族も大きく成長していったと感じています。

母は大病をし余命宣告を受け障がい者になり、癌以外の疾患も生じ何度も生死の境や多くの苦難な状況にあたりましたが、いろいろな心情が出たこともあると思いますが、決して心は病んでいませんでした。
人から介護を受ける身ではありましたが、イキイキと幸せを感じて、できる身体的環境の中で魂を輝かせていました。
その姿を見て、身体が不自由でも大きな病気があっても、心・精神が充実し魂がイキイキしていれば、病気を越えるのだと知りました。気を病むことがなければ病気ではなく、どのような状況でもイキイキとポジティブにいることで病気は自ら治すことができるもの。病気は本来の自分からずれたときに、それを教えてくれるきっかけなのですね。

病を越えるときに大切なのは、身体・心・魂、全体の健康・健やかさに目を向けることです。人間の身体はロボットのように一部分の部品交換で治るものではなく、全体性・生命力・生命エネルギーが何より大事で、それとともに、家族や親しい友人の愛や本人の意識、捉え方、あり方がとても大事である。そこにその人の可能性や幸せが繋がっていくのだと経験の中で知りました。

また、看病や介護をする側は、相手に対して病気をしている人・障がい者という目の向け方ではなく、その人本来の尊い姿に目を向けること、相手も自分と同じ完全な意識の存在であり、100力のある存在なのだという眼差しで接することの大切さに気づきました。そして、介護をすることで、実は母の生きる真の強さや愛を学び、逆に私の方が母から多くの癒しを得ていたことに気づかされました。決して弱い者ではなく、愛ある力強い器の大きい存在だったのだと…。介護は愛と癒しのプロセスなのだと知りました。

お医者さんからは、母の癌が完治したことは「500人に1人の奇跡」だと当時おっしゃっていただきました。でも実は奇跡ではなく、みんな誰もが治る力やご自身にとってのいい塩梅を持っていると感じています。もちろん西洋医学も大事なときがあります。大切にしたいのは、その都度ご自身に最も大切なものをバランスをもって取り入れて、自分の本質と対話していくこと。感謝や今あることの素晴らしさに目を向けることなのです。

ホリスティック(全体性)の観点に立って、これまでの経験や学びをお伝えしたい、本来の自分に戻っていく素晴らしさを広げたいと思い、今に至っております。